日本の画一化教育に僕が感じる「違和感」。 大人は子どもに学ぶべし!

どうも、なかのの夫@複業パパです。

この記事は、

「日本は右へ倣えの画一化教育。そんな教育に違和感や窮屈な思いを感じる…」

という方のための記事です。

僕も日本の画一化教育に違和感を感じている親の一人。

そんな僕が感じているモヤモヤとした気持ちを、先日からTwitterで話題になっているムーチョ@ホームステイのホスト(@mucho)さんの投稿も絡めて、まとめてみました。

※注意:この記事はあくまで「日本の画一化教育に違和感を感じている方のための記事」です。反対派の方は、ここでお帰りください。

過去最高の反響をいただいたTwitterの投稿と、お礼

まずは今回この記事を書くに至った経緯について書いておこうと思います。

冒頭でも書いた、Twitterで話題になったムーチョ@ホームステイのホスト(@mucho)さんの投稿は以下のものです。

皆さん、もうご覧になりましたか?

子供をインターに入れて、思ったこと

日本の学校「差別はいけません。みんな同じ人間なのです」

インター「差別はいけません。みんな違う人間なのです」

同じこと言うのにアプローチが全然違う

日本と海外の違いについて、本当にわかりやすく、でも問題点が浮き彫りになる素敵な投稿ですよね。

これについて、僕もすごく思うところがあったので、コメントさせていただいたのですが、そのコメントに対して、多くの反響をいただきました。

で、その僕のコメントが以下の2つです。

子供をインターに入れて、思ったこと

日本の学校「差別はいけません。みんな同じ人間なのです」

インター「差別はいけません。みんな違う人間なのです」

同じこと言うのにアプローチが全然違う

まさに日本の画一化教育の弊害。
僕、子どもと一緒にスイミングと音楽教室に行ってるけど、どっちも指示通りやらないとなぜか注意を受ける。
講師の真似を誰よりもでき、皆と同じように振る舞う子が一番評価され、画一化教育の賜物である親もそれを歓迎する。
これでなぜ違和感を持たないのが疑問です

まさに日本の画一化教育の弊害。
僕、子どもと一緒にスイミングと音楽教室に行ってるけど、どっちも指示通りやらないとなぜか注意を受ける。
講師の真似を誰よりもでき、皆と同じように振る舞う子が一番評価され、画一化教育の賜物である親もそれを歓迎する。
これでなぜ違和感を持たないのが疑問です

こういう大人が増えた原因は子どもを「大人より能力が下だ」と勘違いしてること。
実際は逆。
子どもは言葉がわからなくてもこちらの喋る事を理解できるほど能力が高い。大人と比較にならない。
優れた人に教えを請う方が成長が早いように、僕ら大人は子どもに育てられてることを忘れてはいけない。

この記事を書いている時点(2017年の12月28日朝の電車内)で、

  • 最初のコメント:378件のリツイート、736件のいいね
  • 2番目の追記コメント:200件のリツイート、474件のいいね

という、想像も付かない反響をいただきました。

(結果、Twitterの通知が30秒置きくらいにブーブー鳴るくらいすごいもので、アプリの通知をOFFにしました。笑)

いいね、リツイート等くださった皆さん、本当にありがとうございます!!

自分の意見に共感をいただける方がこんなに多くいらっしゃって、本人めちゃくちゃ驚いてます。

また、逆に厳しいご意見も色々いただきましたが、多くの人に見てもらえたことには本当に感謝です。

そして、何よりムーチョ@ホームステイのホスト(@mucho)さんにお礼を申し上げます。

この投稿がなければ、僕のコメントもこれほど多くの方の目に触れることはなかったと思います。

僕の書いたコメント以外でも、本当に多くの意見が飛び交って議論されていて、本当に有意義な、素敵な投稿ですよね。

ムーチョ@ホームステイのホスト(@mucho)さん、本当にありがとうございました。

僕の言いたいこと

この記事を書くきっかけとなったTwitterの投稿のご紹介が済んだところで、続いては、この記事とTwitterでのコメントを通して僕が言いたいことを箇条書きで簡単にまとめておきます。

  1. 「皆と同じが一番、皆と同じことをしろ」という画一化教育が「過剰」だということ
  2. 子どもは皆天才。僕も含め、僕たち大人は子どもを管理するのではなく、学ぶべきだということ
  3. スイミングや音楽教室の例はあくまで例であって、そこに文句を言っているわけではないということ
    ※あくまで上記の問題をわかりやすく言うための「例」に過ぎない

この3つです。

恐らく、いいねやリツイートをくれた方はこれを書かなくても理解いただけていると思いますが、中には「あー誤解されてるな」と思うリツイートやコメントもあったので、一応念のため最初にこれだけは言っておこうと思います。

あと、息子の名誉のために言っておくと、息子が注意を受けることはほぼありません。

穏やかな性格で、きちんと相手の目を見て話が聞け、自分で判断ができる子です。(多少、僕のひいき目も入りますが)

そしてもう一点付け加えておくと、僕個人が「批判的なコメントやリツイート」と僕が判断したユーザーさんは全てブロックないしミュートさせていただきました。

(こんな風に書いていても意外にハートは弱いので、批判コメント苦手なんです。ごめんなさい。)

…と、ここまでが前置きです。

すっかり長くなってしまいましたが、ここから下以降は、皆さんからいただいたコメントもご紹介しつつ、「画一化教育の問題」と「子どもは天才!」というポイントについて書いていこうと思います。

「画一化教育」について僕が思うこと

でははじめに、最初のコメントと、これにリアクションをいただけた方たちの意見のまとめです。

僕のコメント・意見

まず、↓が僕のコメント(一部誤字を修正)と意見です。

まさに日本の画一化教育の弊害。

僕、子どもと一緒にスイミングと音楽教室に行ってるけど、どっちも指示通りやらないとなぜか注意を受ける。

講師の真似を誰よりもでき、皆と同じように振る舞う子が一番評価され、画一化教育の賜物である親もそれを歓迎する。

これでなぜ違和感を持たないのか疑問です。

なかのの夫@複業パパ(@nakanonohusband) のコメントより引用

実際行ってみると本当によくわかるんですが、スイミング・音楽教室どちらも、講師が「皆と同じようにしろ。それが一番良いのだ」という方針で教えています。

そしてそれは親も同じ。親が子どもに対して話すのを聞いていると、「ほら、皆もやってるから、あなたもやりなさい」的な声をすごく多く耳にします。

講師の指示に従うのは全部が全部悪いことではありません。でも、それが過剰すぎているように感じます。

※ちなみに、習い事には「社会性を身につけるため、危険を回避するため」等の目的があるのは百も承知です。それを解った上でのコメントです。

「海外の差別教育の弊害」を指摘いただいた例

ここからは、リアクションをいただけた方たちの意見の引用まとめです。

まずはhiroechan(@kokonoe_h)さんからのコメントをご紹介します。ありがとうございます!

まさに日本の画一化教育の弊害。
僕、子どもと一緒にスイミングと音楽教室に行ってるけど、どっちも指示通りやらないとなぜか注意を受ける。
講師の真似を誰よりもでき、皆と同じように振る舞う子が一番評価され、画一化教育の賜物である親もそれを歓迎する。
これでなぜ違和感を持たないのが疑問です

@mucho
海外では違う人間と表現するから差別が生まれるんでしょうね。
まさに海外の差別教育の弊害です。

確かに、海外では単一民族で構成される日本とは比べ物にならないほど差別問題があるからこそ「人と違う」と表現されるんでしょうね。

日本はあまりに画一化されていますけど、海外では差別化がされすぎている国もあるのかも。

そのバランスを取るのが難しいところですが、でもそれが僕たち大人(親)の義務な気がします。

小学校でも「画一化」の流れがあると指摘いただいた例

続いてはmeimei(@meimei881)さんからのコメントです。ありがとうございます!

まさに日本の画一化教育の弊害。
僕、子どもと一緒にスイミングと音楽教室に行ってるけど、どっちも指示通りやらないとなぜか注意を受ける。
講師の真似を誰よりもでき、皆と同じように振る舞う子が一番評価され、画一化教育の賜物である親もそれを歓迎する。
これでなぜ違和感を持たないのが疑問です

こんにちは。小学校も同じですね。保護者としてめちゃくちゃ違和感感じます。、、。先生に意見言うと〔子供のほうが正しいことも〕、問題児、皆と同じことしてないと問題児。昭和から全く変わらない授業風景、、〔時代が変わってるのに教育は変わってない、むしろ余計に均一性求める方向、、〕

僕の子どもはまだ3歳なので、まだ画一化の煽りを受けづらいのかもしれません。

でも、小学校→中学校→高校→大学→社会人となるにつれて、どんどん画一化は進みます。

それを本当に肌で実感いただいているだなぁという説得力のあるご意見です。

これに対しては僕は以下のようにコメントさせていただきました。

こんにちは。小学校も同じですね。保護者としてめちゃくちゃ違和感感じます。、、。先生に意見言うと〔子供のほうが正しいことも〕、問題児、皆と同じことしてないと問題児。昭和から全く変わらない授業風景、、〔時代が変わってるのに教育は変わってない、むしろ余計に均一性求める方向、、〕

コメントありがとうございます。
時代に合わせて変化するべきはずが全く変化なく、それどころかより画一化は進む一方。学校なんて何のためにあるんだか解らなくなりますね。
でもこれからは個人が強くなる時代。
こうやって僕達が議論して、眉力ながらも発信し続けることが大事なんだと思います。

※眉力ではなく「微力」ですね。ごめんなさい。

少しずつでも、同じ考えを持つ者同士、団結してがんばっていきたいですね!!

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする